書評入門。 #001 わたしを離さないで/カズオ・イシグロ


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最初の一冊はこれで書きたかった、ので再読してました。

「わたしを離さないで」、前作「日の名残り」でブッカー賞を受賞したカズオ・イシグロによる2005年の著作。映画化、舞台化もされました。

この本を読むきっかけは、とある読書好きな大事な友人に勧められたこと。読書は、ただ物語を楽しむだけでなくその本にまつわるエピソードや思い出も含めて楽しむことができるものだということを初めて体感した一冊として、現時点での人生史上最高の一冊です。

介護人として働くキャシーの語りを主として話は進みます。ヘールシャムという施設で過ごした友人、ルースやトミーとの日々が綴られ、彼女のこれまでの人生を振り返るという構成です。冒頭から「提供」といった、単語としては理解できるがこの物語の世界においてどんな意味を持つかがわからない言葉が出てきます。そしてそれらの「わかるけどわからない言葉」が持つ意味が明かされる時に、一気にこのカズオ・イシグロの描く世界へと引き込まれていきました。

カズオ・イシグロの文体を表す時、「静謐」、あるいは「抑制」という表現がよく使われますがこの一冊はまさしく極限まで抑制のきいた文体によって、精緻に作品世界が描かれています。しかしその作品世界が孕む理不尽さ、毒々しさは強烈です。それを感じさせない理性的で落ち着いた文体とのギャップは、他の作家では真似できないものがあり、この作品の最大の魅力でもあります。

また、キャシーが記憶をたどりながら読者に語りかけるという構成も、侘びしさ、懐かしさ、郷愁、過去を振り返るという行為によって心にもたらされる感情を、読者にも感じさせます。

「記憶」は「日の名残り」でも示されたようにイシグロ作品において重要な要素です。誰しもが抱え、ときに振り返る記憶を鍵として、読者に共感をもたらす。

この一冊によって、僕の読書人生は大転換しました。それまで読んだどんな本より心に強く刻まれました。それだけ大きな意味を持つ一冊についての書評をついに書くことができて僕は満足です(笑)

文庫化もされています。この書評がイシグロ作品の世界へ皆さんが足を踏み入れるきっかけとなれば、いちファンとして至上の喜びです。